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東京地方裁判所 平成4年(行ウ)192号 判決

原告

山京ビルディング株式会社

右代表者代表取締役

村松喜平

右訴訟代理人弁護士

佐藤義行

後藤正幸

被告

東京都港都税事務所長

高崎文太郎

右指定代理人

金岡昭

小嶋稔

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告が平成二年八月八日付けで原告に対してした不動産取得税賦課決定のうち、税額金六四万〇三〇〇円を超える部分を取り消す。

第二  事案の概要

一  事案の要旨

本件は、被告が、原告に対し平成二年度にした原告の平成元年度における土地の取得に係る不動産取得税賦課決定につき、右賦課決定は土地の更地価格を課税標準としているが、右土地には原告を借地人とする建物所有目的の借地権が設定されていたから、この権利の価格を控除して課税標準を算定すべきであったとして、右決定のうちこれを控除した課税標準によって算出される税額を超える部分の取消しを求めるものである。

二  不動産取得税の課税標準に関する法制

地方税法(以下「法」という。)二条は、「地方団体は、この法律に定めるところによって、地方税を賦課徴収することができる。」と、法三条一項は、「地方団体は、その地方税の税目、課税客体、課税標準、税率その他賦課徴収について定めをするには、当該地方団体の条例によらなければならない。」とそれぞれ規定し、東京都都税条例(以下「条例」という。)は、東京都における東京都都税及びその賦課徴収については、法令その他に別に定めがあるものの外、この条例の定めるところによるものと規定する(条例一条)。条例は、都税として課する普通税の一として不動産取得税を掲げ、同税の賦課徴収に関し、四一条以下に規定している。不動産取得税の課税標準について、地方税法は、これを不動産を取得した時における不動産の価格とするものと規定し(七三条の一三第一項)、「価格」とは、適正な時価をいうものとしており(七三条五号)、条例にも同様の定めがある(四一条)。法は、固定資産課税台帳に固定資産の価格が登録されている不動産については、当該価格により当該不動産に係る不動産取得税の課税標準となるべき価格を決定するものとし(七三条の二一第一項)、固定資産課税台帳に固定資産の価格が登録されているが、当該不動産について増築、地目の変換その他特別の事情があってその価格により難いもの又は固定資産課税台帳に固定資産の価格が登録されていない不動産については、自治大臣の定める固定資産評価基準によって、課税標準となるべき価格を決定するものとしている(七三条の二一第二項、三八八条一項)。右の固定資産評価基準(昭和三八年自治省告示第一五八号)は、地上権、借地権等が設定されている土地について、これらの権利が設定されていない土地として評価するものと定めている(第一章第一節三)。

三  争いのない事実

1  原告は、平成元年六月三〇日株式会社明徳から別紙物件目録記載の土地の共有持分一〇〇分の九九の所有権(以下「本件土地」という。)を取得した。

2  本件土地は、右当時その価格が固定資産課税台帳に登録されていなかった。

3  被告は、平成二年八月八日付けで原告に対し、本件土地取得に係る不動産取得税を、課税標準となるべき価格八〇〇四万五〇〇〇円、税額三二〇万一八〇〇円として賦課する決定をした。

4  右課税標準は、本件土地の更地価格であり、本件土地に関する借地権等の価格の控除はしていない。

5  原告は、平成二年八月一五日右賦課決定について審査請求をしたが、東京都知事は、平成四年八月四日これを棄却する裁決をし、同月六日原告に通知した。

四  争点及びこれに対する当事者の主張

1  争点

本件土地の取得に係る不動産取得税の課税標準は、その更地価格から借地権価格を控除したものとすべきか、更地価格とすべきか。

2  原告の主張

(一) 不動産取引の実際において、借地権の設定されている土地は、借地権価格を控除した底地価格がその取引価格となっており、納税者の担税力も借地権価格分だけ低減されるのであるから、法七三条の一三第一項、七三条五号により、不動産の適正な時価をもって定める不動産取得税の課税標準も、借地権価格を控除した底地価格と解すべきものである。そうすると、借地権の存在は、不動産取得税の課税標準たる不動産の価格を固定資産課税台帳登録価格とすることができない「特別な事情」(法七三条の二一第一項ただし書)に当たり、固定資産評価基準においても考慮されるべき事情であると解すべきである。ところが、現行固定資産評価基準は、借地権の存在をこの「特別な事情」として考慮せず、かえって、借地権の設定されていない土地として評価する旨を規定しており、この点において、法七三条の一三第一項、七三条五号、七三条の二一第一項に違反し、無効である。

(二) 仮に、本件規定が無効でないとしても、以下の諸点からすると、知事は、不動産取得税の課税標準の決定に際して固定資産評価基準に拘束されるものではない。

法は、地方公共団体の住民若しくは域内の納税義務者を直接拘束するものではないから、固定資産評価基準も、いわゆる法規命令ではなく、国民に対する法的拘束力を有しない。

固定資産評価基準は、もともと市町村税たる固定資産税の課税台帳の登録価格を決定するためのものであるから、もし固定資産評価基準に法的拘束力を認めるとすると、都道府県税たる不動産取得税の課税権者である知事が、市町村税たる固定資産税の課税標準の不動産の価格に絶対的に拘束されるという不合理な結果を招くこととなる。

固定資産税の納税義務者については、固定資産課税台帳の登録価格につき不服申立手段が認められているのに(法四三二条一項)、不動産取得税の納税義務者については、このような不服申立手段が認められていないのであるから、もし不動産取得税の納税義務者が別個の税である固定資産税の課税標準を定める固定資産評価基準に拘束されるとすれば、租税法律主義と裁判を受ける権利を保障した憲法八四条、三〇条及び三二条に違反することになる。

以上によると、知事は、独自の義務と責任において、不動産取得税の課税標準となるべき不動産の価格を決定しなければならない。

(三) そうすると、知事は、借地権の設定されている土地について、不動産取得税の課税標準たる不動産の価格を定めるについては、その借地権価格を控除した底地価格をもってするべきである。法は、不動産取得税の課税標準となるべき不動産の価格について、「適正な時価」をいうとしており(法七三条五号)、不動産取得税は、いわゆる流通税であって、不動産取引(流通)において、借地権の設定されている土地の取引価格は、借地権価格を控除した底地価格となっていること前記のとおりであるからである。この点については、同様の定めである相続税法二二条の「当該財産の取得の時における時価」は、借地権の設定されている土地については、その借地権割合を控除した底地価格によるものと解されており、また、同法七条や所得税法五九条一項二号にいう「著しく低い価額」についても、借地権価格を控除した「時価」を基準として判定されている。

借地権の存在は、不動産の価値を減少させ、不動産取得税の納税義務者の担税力に影響を及ぼすものであるから、前述のとおり、法七三条の二一第一項ただし書の「特別な事情」として、不動産取得税の課税標準たる不動産の価格の決定に当たって、その価格を控除すべきものである。法が、借地権等の移転を不動産取得税の課税対象としていないとしても、それは、借地権価格を控除しないことの合理的な根拠とはならない。

3  被告の主張

(一) 不動産取得税は、不動産所有権を取得したこと自体に着目して賦課される流通税であって、不動産の取得者が、不動産の取得によって現実に得られる財産的価値や不動産の使用・収益・処分によって得られるであろう現実の利益に着目して賦課されるものではない。

法は、不動産取得税の課税標準について、不動産上の担保権、用益権、賃借権等の負担に関し何らかの考慮を払うべきこととする明文の規定やこれを窺わせる規定を置かず、これらの権利の設定、移転につき不動産取得税ないしこれに準ずる租税を課してもいないし、借地権等が消滅した場合に更地価格に増額修正する旨の規定もおいていないことからすれば、土地の課税標準の決定について、その上に存する借地権等の価格を控除すべきではないものとしていると解される。

(二) 法七三条の二一第一項ただし書の「特別の事情」とは、「増築、改築、損かい、地目の変換」という例示からも明らかなように、鉄道や道路などの都市施設の整備、知事による農地の転用許可等、不動産自体の量的、質的な変化をもたらす事情を指すのであって、不動産が使用・収益・処分に供された結果、その取引価格が変動したような場合までも例外的取扱に含ませる趣旨のものではない。

(三) 固定資産評価基準は、法の委任に基づく法規命令たる性格を有するものであり、不動産取得税の課税標準の決定に当たって、何らの根拠規定がないにもかかわらず、これを修正して適用すべきではない。

相続税や所得税は、いわゆる国税であり、地方税としての不動産取得税とは、課税主体、課税目的を異にするものであるから、相続税や所得税において、借地権価格を控除した底地価格を評価の基準としているとしても、その評価手法をそのまま不動産取得税に援用することはできない。

したがって、知事は、不動産取得税の課税標準となるべき土地の価格を決定するに当たって固定資産評価基準を修正せずに適用すべきであり、また、他の国税に関する「価格」の解釈を不動産取得税の課税標準にそのまま適用すべき必然性もない。

第三  争点に対する判断

一  前記のとおり、法が固定資産課税台帳に固定資産の価格が登録されていない不動産については、道府県知事は自治大臣の定める固定資産評価基準により不動産取得税の課税標準となるべき価格を決定するものとしている以上、道府県知事は、右価格の決定について、固定資産評価基準に拘束され、これと異なる基準によることのできないことは明らかである。

二 右固定資産評価基準は、借地権等が設定されている土地については、これが設定されていない土地として評価するものとしていることは前記のとおりである。右基準は、もともと、固定資産税を課するについて、その課税標準となるべき土地の価格(適正な時価をいうものとされる。法三四一条五号)を決定するためのものであるが、法は、固定資産税について、その納税義務者を所有者、質権者或いは一〇〇年より永い存続期間の定めのある地上権の目的である土地については地上権者としており、借地権者を納税義務者とはしておらず、土地の価格の決定について、その固定資産に設定されている担保権、用益権、賃借権等の価格を控除するべきことを規定していないし、また、これを控除することを前提とする規定も置いていないこと、固定資産税は、固定資産の所有という事実に担税力を認めて、その所有者に課するのを本来とする租税であるから、その課税標準となるべき固定資産の価格の決定につき、その固定資産に設定されている上記の用益権等の存在を考慮すべきではなく、これら権利者については、所有者において、右課税分につき一定の転嫁をすることが期待されていると解されることによれば、右固定資産評価基準の定めは、法の規定の趣旨に反するものではないと解される。

三 以上によれば、本件土地の取得に係る不動産取得税の課税標準の決定に当たっては、固定資産評価基準に従い、その更地価格から借地権価格を控除すべきではないものと解される。

四  原告は、法七三条の二一第一項の「特別な事情」には借地権の設定がある場合を含むものと解すべきであると主張するが、法は、右特別な事情があって固定資産課税台帳に登録された固定資産の価格により難いときには、固定資産評価基準によって価格を決定すべきことを規定しているに過ぎず、本件は、もともと土地が固定資産課税台帳に登録されておらず、特別の事情の有無に係わらず固定資産評価基準によるべき場合なのであるから、右主張は、その前提において失当というべきである。固定資産評価基準が、「特別な事情」として借地権の存在を考慮すべきであるとする主張については、右二項に判示のとおり、これを採用することはできない。

五  原告は、課税主体や課税目的を異にする固定資産評価基準によって不動産取得税の課税標準となるべき価格を決定することは不合理であるとか、法の規定が、固定資産評価基準による固定資産の課税標準となるべき価格の決定に対して不動産取得税の納税者がこれを直接争うことができないのは違憲であるなどと主張する。

しかし、固定資産税と不動産取得税は同じ地方税であり、課税対象も同一であって、その価格も適正な時価をいうものとする点において同様であることから、法は、その間に評価の不統一を生ずることを避けると共に課税事務の簡素化を図る趣旨でこのような制度を採用したものであって、これが合理性を欠くものとすることはできないから、原告の右前段の主張は採用できない。

また、土地が固定資産課税台帳に登録されているものについては、不動産取得税の課税標準となるべき価格は、右登録価格によって決定されるものとされ、同税の納税義務者は同税の賦課に対する不服の申立において、その価格自体を争うことはできないものと解すべきであるが(最高裁判所第二小法廷昭和五一年三月二六日判決、裁判集民事一一七号三〇九頁参照)、法七三条の二第二項の場合においては、固定資産課税台帳に登録された価格によって不動産取得税の課税標準となるべき価格を決定するものではないから、同税の賦課に対する不服の申立において、その価格を争うことは可能である。したがって、原告の右後段の主張は、その前提において失当というべきである。

第四  結論

以上によれば、本件土地の取引について、借地権価格を控除せず、更地価格を課税標準としてなした被告の本件課税処分は適法というべきであるから、原告の請求は理由がない。

(裁判長裁判官中込秀樹 裁判官武田美和子 裁判官草間雄一は死亡につき、署名押印できない。裁判長裁判官中込秀樹)

別紙物件目録〈省略〉

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